『 わたしのジゼル ! ― (4) ― 』
ふ〜〜ん ふんふん・・・♪
ハナウタ気分、いや 本当に鼻歌を歌いつつ山内タクヤは、目的のスタジオの入口を覗いた。
「 フラン〜〜〜 ? リハだろ〜〜 俺、 付き合うぜ〜 」
「 ・・・・・・ 」
返事がないので彼はスタジオの中に一歩入った。
「 ・・・ あ? いないのかな ・・・ あれ フラン、いるじゃんか 〜 」
目的の人物は 稽古場の隅の鏡の前でピルエットの組み合わせをさかんに練習していた。
「 ・・・ だから ここのタイミングが悪いのよね。 蹴る足をもっと強くして 」
「 お〜〜〜い フラン〜〜〜 今日のリハ〜 一幕のヴァリエーションだろ〜 」
「 ん・・・〜〜 だめ。 これじゃ遅いのよ。ああ やっぱりわたしの音取りは遅いのね 」
「 フラン〜〜〜? 聞こえてるかあ〜〜 」
ついに彼は < 目的 > に歩みより ちょん、と肩を突いた。
「 もしも〜し?? 」
「 ?! あ ・・・ タクヤ ・・・・ びっくりしたわあ〜〜
いきなり現れるんですもの。 なあに。 」
碧い大きな瞳が やっと ― タクヤの方に向けられた。
「 あ ・・・ ごめ・・・ あの さ。 これからリハなんだろ? 」
「 え ええ そうなの。 とりあえず一幕の。 先生のリハは初めてだからドキドキよ 」
「 あは フランなら大丈夫さ。 で 俺 付き合うよ? 」
「 え? だって一幕のヴァリエーションには アルブレヒトはいないでしょう? 」
「 参加してるじゃん? ほら ベンチに座って眺めてるんだぜ〜〜 俺? 」
「 あ ・・・ そ そうだったわねえ 」
「 俺的には〜〜〜 あの花占いのところ やりたいなあ〜〜 フランとさあ 〜
〜〜〜 ♪ アイシテル あいしてない アイシテル〜〜〜 ♪ って・・・
きっと フランならめっちゃカワイイぜえ〜〜 」
「 あら ヤダ。 オバサンの花占いなんて 面白くないわよ?
そうねえ〜〜 今日はバターの安売りがあるか ないか あるか??? って感じ 」
「 そ! そんなこと ねえって。 フランは! オバサンじゃないよ! 」
「 うふ アリガト。 でもね〜 現実は子持ちのオバサンです。 」
「 な〜〜 冗談抜きで〜 リハ、付き合うから。 ほ〜〜ら ドアのノック ノック〜〜〜 」
タクヤは ぱっとセンターにでると、『 ジゼル 』 一幕の冒頭のシーンを演じた。
村の若者に身を窶した公爵のアルブレヒトが ジゼルの家のドアのノックする。
「 あ ・・・ うふふ ・・・ 」
フランソワーズもようやく微笑を浮かべ ― ドアを開けて家からでてきた村娘になった。
・・・ あら? ロイス ( アルブレヒト ) かしらって思ったのに・・・
弾んだ心でドアを開けると 誰もいない。
きょろきょろしていると ― 家の陰からぱっと彼が現れる。
僕はここだよ、ジゼル。
まあ ロイス! もう〜〜〜 イタズラっこねえ〜〜
二人は笑い合い手をとりあってステップを踏む。
「 あ は! それだよ〜〜 その雰囲気でいこ〜〜 」
タクヤは脚を止めると ぽ〜〜〜ん・・・とフランソワーズを持ち上げた。
「 ― タクヤ? 」
「 いい感じじゃん? 今の気分でリハ やろうぜ? 」
「 でも でもね 全然できないところばっかりなのよ ・・・ 」
「 明日が本番じゃね〜だろ? 今はこんなんです〜〜ってとこ、先生に見てもらえばいい 」
「 でも でも ・・・ 」
「 だってそれが現実だろ? ・・・ あ ごめ ・・・ キツい言い方して 」
「 ・・・ う ううん いいの。 そうよ ね・・・ うん ・・・ 」
フランソワーズはまた俯いてしまった。
「 ほら〜〜〜 さっきのカンジだってばさ〜〜 」
「 え ・・・ ええ 」
カタン。 スタジオの入口に初老の女性が現れた。
「 はい 始めましょうか? あら〜〜 タクヤ? 」
「 あ 先生 ・・・ あの〜〜 俺、 付き合います。 やっぱ相手役がいた方が〜 」
「 そう? フランソワーズ、 タクヤにお願いする? 」
「 は はい。 山内さん、お願いします。 」
フランソワーズは 慌ててタオルで顔をぬぐってタクヤにぴょこん、とアタマを下げた。
「 それじゃ ・・・ え〜と・・・ 音 は 」
「 あ 俺 出します〜 」
「 いいの? ありがとう。 フランソワーズ 準備はいいの 」
「 は はい ・・・ ちょっと待って ・・・ 」
彼女はぱたぱたスタジオの隅に置いたバッグのところに駆け寄ると 水を飲んだ。
・・・ ちゃんと踊らなくちゃ ・・・!
タタタ・・・っとセンターに駆けもどると 先生に向かってレヴェランス。
「 ― お願いします。 」
「 はい。 一幕のヴァリエーションね。 そうね〜 せっかくアルブレヒト君がいて
くれるから ・・・ ちょっと前からやりましょ。 音 ・・・わかる? 」
「 はい。 」
タクヤはOKを出し MDのスイッチをいれるとぱっと走ってきた。
「 そんじゃ お願いシマス 」
「 あ わたしこそ・・・ お願いします 」
二人は ― ジゼルとロイスは 手をとって軽くステップを踏み
君の踊りがみたいな。 踊ってくれるかい、ジゼル?
ええ ロイス。
ジゼルは恋人に笑みを送って 中央にでる。
〜〜〜〜♪♪ 明るく楽しい曲が始まり、輝く17歳の乙女が踊りだす。
〜〜〜〜〜 早いテンポでピケ・ターンのマネージュをし ぱっとポーズを取った。
「 ・・・ 止めて。 」
「 ! あ すんません 」
タクヤは慌てて音をオフにした。
「 ・・・・・ ・・・・・ 」
ジゼル は 荒い息を収めようと苦労している。
「 ・・・ あ あの ・・・ 」
ふう 〜〜 ・・・ 老婦人は ちょっとため息をつき、座りなおした。
「 ・・・ 先生 ・・・ 」
「 ― フランソワーズ ? わかってる?
」
「 はい ・・・? 」
「 この踊り。 ねえ 1幕なのよ
幸せいっぱいな乙女の踊りよ?
あなた 恋人の前で踊ってるの。 あなたの恋しいヒトの視線をものすご〜く感じて ね。 」
ぱっと彼女はタクヤを指した。
「 …
は い 」
「 テンポはあっていたわ。 振りは勿論大丈夫、テクは ・・・ ううん でもね。 」
「 ・・・ はい 」
「 あのね
フランソワ−ズ この時
ジゼル は 恋する乙女 幸せいっぱい な 17歳 なのよ
もう世の中すべてがきらきら〜 なの。 なんでもかんでも輝いてみえて・・・
そうね ほら・・・ るんるん気分 っていうの? 」
ぶ・・・ ! タクヤが思わず吹きだしあわててソッポを向いた。
「 あらァ ちがうの? そんな風に言うんじゃないの? ふ〜〜ん ・・・ ま いいけど。
今の貴女の踊り・・・
あなたの顔は いえ
雰囲気は
墓場のウィリー だわ テクニック 以前の問題!
笑って。 営業用にっこり じゃなくて。 心から よ。 」
「 ・・・ は はい ・・・・ 」
おか〜さん
にこっとして〜 小さなムスコの声が耳の奥に聞こえた。
「 そのへん 次回までよ〜〜く考えてみてね?
あ テクニックだけど。 ピルエットの連続のところね 〜 」
先生は2〜3の技術上の注意をすると じゃあね、 とスタジオを出ていった。
「 あ ありがとうございました ・・・ 」
ぺこん、とお辞儀をしたまま フランスワーズは固まっている。
「 タクヤ〜〜〜 お疲れ様ね〜〜〜 ありがと〜〜〜 」
スタジオの外から先生はちゃんと彼にも声を掛けてくれた。
「 うお〜〜〜〜い お疲れさんです〜〜〜 」
タクヤは 廊下の方にむかってぴょこん、とアタマを下げた。
「 ・・・ はあ ・・・ 」
タオルの中から 彼女がやっと顔をあげた。 汗と涙と・・・ まだぐちゃぐちゃだ。
「
なあ フラン なんかあったか? 」
そんな彼女に タクヤは単刀直入に尋ねた。
「 え?
いいえ?
」
「 ダンナが 文句言ったのか。 舞台に出るな とか 帰りが遅い とか!
あ すばるやすぴかがぐずったのか? ・・・
いや アイツら はフランの味方だよなあ〜
やっぱダンナが ! 」
「 そんなこと・・ なにも
ないわ 」
「 ホントかよ
正直に言ってくれよ 」
「 なぜ そんなこと きくの 」
「 あのなあ さっきの ジゼル 、 いつものフランの踊り じゃね〜よ〜 」
「
そ そうよ ね ・・・ わたしってばヘタだって言ったでしょう?
こぼしちゃったトコもあったし 」
「 そういう問題じゃねえよ。 先生も言ってぜ。 ちゃんと聞いてただろ? 」
「 ・・・・・ 」
泣きそうな顔が こくん、とうなずいた。
「 ともかく。 ウマいヘタの問題じゃなく。
フランソワーズ・アルヌールはな !
いつも・・・ってか 今まではあんな風には踊ってなかったぜ。 」
「 ・・・ タクヤ ・・・ 」
フランソワーズは 顔をあげ、真正面からタクヤを見た。
・・・ そう だわ ・・・
ジョーも同じこと、言ってた ・・・ 昨夜同じことを言われたのよ わたし
昨夜 ― 子供たちがベッドに入った後、そう・・っと地下のロフトに降りた。
彼女の < レッスン室 > のドアを開けた。
「 ・・・ ジョーの晩御飯は用意したし・・・ 帰ってくるまで時間があるわ。
練習しなくちゃ・・ ウチで自習が出来るなんて最高じゃない フランソワーズ? 」
低く音楽を流し ちょこっと足慣らしをして ― 彼女は踊り始めた。
音 ・・・ 音と一緒に踊らなくちゃ ・・・
脚もアームスも ああ ああ なんて重いの、わたしの身体〜〜〜
深夜のロフトで 軽快な明るい音楽を流し ― ジゼル が深刻な顔で踊っていた。
・・・ 一時間以上の後。
― コンコン。 ドアは細めに開いていたけれど、ジョーは一応ノックをした。
「 ・・・ フラン? 練習中 ごめん ・・・・? 」
何回か声を掛けてみたけれど 音楽は止まらず、人が動いている気配もない。
「 ??? いないの かい? 開けるよ? ・・・ あ? 」
ロフトの中には 人影が見えない。 彼は首をつっこんできょろきょろ探してみた。
「 ? ・・・ フラン ・・・ あ 〜 」
ジョーは すぐに音響機器の側に歩み寄った。
MDプレイヤーに寄りかかりフランソワーズが転寝をしていた。
「 ・・・ フラン? ほら こんなところで眠っちゃだめだよ? 」
そうっと肩に触れてみたけれど 彼女はぐっすり眠りこんでいる。
「 あ〜 ・・・ え〜と? ああ これ ・・・ 」
脇に落ちていたショールでそっと彼女を包んだ。
「 ほら ・・・ 上に戻ろうよ。 ・・・ああ これを切っておかないとな〜 」
ジョーは手を伸ばしプレイヤーのスイッチをオフにした。
「 フラン? 上にゆくよ ・・・ よ・・・っと 」
彼は難なく彼女を抱き上げた。
「 ずっとここで練習していたのかなあ ・・・ 今までにこんなことってなかったよなあ・・・
主役だからってことなのかな ・・・ 」
ロフトの電気も消し、ジョーは彼女を抱いて階段を上ってゆく。
ゆら ゆら ゆら ・・・ カツ カツ カツ ・・・
「 ・・・ あ ・・・・? 」
もぞ ・・・・ 腕の中で 彼女が少しだけ動いた。
「 あは ? 目、覚めた? 」
「 ・・・ え ・・・ あ わたし ・・・ ? 」
碧い瞳が ジョーを見上げている。
「 練習してて・・・ 寝ちゃったんだね? さあ 今日はもうお終いにしようよ・・・ 」
「 ・・・
あ お兄ちゃん ・・・ ごめん 食事 … すぐ 用意するから ・・・ 」
「 ・・ フラン? 」
「 ごめん ・・・ ちょっと自習してて・・・ ちょっとだけって休んでて・・・
そのまま眠っちゃった・・・ 下ろして ? 」
「 いや このままベッドへ行くよ。 もう眠らなくちゃ。 」
「 でも お兄ちゃんの食事 まだでしょう? ちゃんと用意してあるの・・・
温めるだけよ、お兄ちゃんも好きな ラタントゥイユ ・・・ 」
腕の中で彼女はもぞもぞ身体を攀じる。
「 危ないよ。 ほら もういいから今晩は休めよ な? 」
ジョーのセピアの瞳を 彼女はじっと見上げていたが ― ほろ ほろ ほろ ・・・・
白い頬を 玻璃玉がすべり落ちだした。
「 ?? な なんだ どうした? 」
「 ・・・ ねえ お兄ちゃん ・・・ わたし・・・ どうしよう・・・
ねえ どうしたら いいの ・・・? 」
ぽと ぽと ぽと ・・・ 水玉は細い流れになってゆく。
「 おいおい? フランソワーズ ? どうしたんだ。 泣いていちゃわかんないよ 」
「 お兄ちゃん わたし・・・ ねえ ・・・ 腕も脚もヘンなの。
わたしの脚 こんなに重くなかったわ わたしの身体 もっと軽く跳んだわ
ねえ 太ったりしてないのに ・・・ 身体が重い 重いのよ ・・・
」
ついに彼女は両手を顔に当て声を潜めて泣き出した。
「 フラン。 さあ ぼくを見て? 」
ジョーはその場に屈みこむと 膝の上に彼女を乗せ、その手を顔から外した。
「 フラン。 ほら ぼくを見るんだ。 泣かないで。 」
「 ・・・ ・・・ 」
どこか中点を外していた視線が ゆっくりと穏やかにジョーの上に戻ってきた。
「 ・・・ あ ジョー? わたし ・・・ どうした の 」
見慣れた瞳がいつもの表情で でもちょっと不思議そうにジョーを見ている。
「 あは ・・・ きみってばロフトで転寝してたんだよ。 」
「 え ・・・ あ ・・・・ 自習してて・・・ もう一度よく音楽、聞かなくちゃ・・・って
思ってプレイヤーのとこに座ったの。 」
「 そ〜れでそのまま眠っちゃってたんだね? さあ 上にもどってもう休め。
あんなトコで転寝なんかしちゃ、風邪ひくだろ? 」
「 ・・・ で でもね わたし ・・・ もう 全然上手く踊れなくて・・・ 」
「 休息は必要だよ? 」
「 そんなヒマ ないわ! 皆に・・・ジョーや子供たちや そうよ、 博士にも
協力してもらってるんだもの がんばらなくちゃ ダメなの!
わたし み 皆に迷惑かけているんだもの! 」
「 フラン ・・・ そんな風に考えるなよ。 」
「 だって・・・! わたしのワガママで ・・・ 勝手でしょ、わたし。 」
「 そんなこと 誰も言ってない。 」
「 やっぱり ・・・ ああ そうね
…
やっぱり こんなおばあちゃんが 踊る なんて間違っているんだわ! 」
「 !
そんなこと 二度と言うな!
」
ぱんっ ! 彼は 彼女の顔の前で大きく手を打ち合わせた。
びく っ ! フランソワーズの身体が一瞬硬直した。
「 ・・・ ジョ ・・ ― 」
「 あ ご ごめん ! 驚かしちゃったね 」
「 ・・・ う ううん ・・・ でも ちょっとびっくり ・・・ 」
「 ごめん。 でも でもね! あんなこと、もう言わないでくれ。 」
「 え ・・・ ええ 」
「 あの なあ 」
ジョーは 今度はこそ・・・っと彼の恋人の頬に手を当てた。
「 聞いてくれ。 ―
きみは一人じゃない。どんな状況だって ほら ぼくがいるだろう?
ぼく達は
人生って戦場で がっちりスクラム組んで闘う 戦友
だろ?
ほら〜〜 ウチには手強いのが二人もいるんだからね。 」
「 うふ・・・ そうね。 世界一の < 強敵 > よね 」
「 ああ! BGなんかよりもずっと! さ。
ともかく だから さ。 寄り掛かりたい時は 寄りかかってこい。
どん と来い だよ。 ぼくは いつだってしっかり受け止めるよ! 」
「 ジョー ・・・ ! 」
「 だから 今は。 家族がど〜のとかはちょっと忘れてさ。
きみだけの きみの夢を 追え。 いいね。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ ジョー 〜〜〜〜 」
もうなにも言うことなどできず、彼女は思いっ切り彼の首ったまに抱き付いた。
「 うわ〜〜ぉ ・・・ おっとっと・・・ 」
「 ジョー ・・・ ! わ わたし ・・・ 」
「 さあさあ もういいから さ。 今晩は休もう。 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
「 ― なあ 知ってるかい? 」
ジョーは彼の愛妻をもう一度しっかりと抱き上げると ひょいと立ち上がった。
「 ? なあに。 」
「 ぼく さ。 あ ぼくだけじゃないな、すぴかやすばるや・・・いや み〜んな・・・
大好きなんだ。 」
「 なにが 」
「 ウン ― きみの 笑顔。 笑顔で夢を追っているフランソワーズ が大好きさ。」
「 ・・・・・・・ 」
彼の腕の中で。 彼の恋人は満面の笑みを浮かべ彼を見つめた。
― 彼女の味方は ものすごく身近にいたわけだ。
ゆらゆら ― 昨夜の、温かい気持ちが再び湧き上がってきた。
ああ ・・・ そうよ! 昨夜、ジョーから < 元気 > を
もらったばかりじゃない・・・
ヤダ ・・・ すっかり忘れちゃって ・・・
もう〜〜〜 な〜にテンパってるの フランソワーズ??
「 あ あの! 聞いてくれ。 」
「 ・・・タクヤ ・・・ 」
彼女は改めて目の前にいる < 仕事のパートナー > を見つめた。
そう・・・ 彼もまた < 大切なヒト > なのだ。
「 あのな。 俺 以前の 『 ジゼル 』の・・・古いビデオ みたんだ。
先生に頼んで借りた。 そしたら・・・
フランのテンポだったよ。 」
「 え ・・・ 」
「
なあ 一幕はともかく
二幕のパ・ド・ドゥはさ その〜 優雅にやろうぜ
ビデオ見てさ いいなあ〜 って思った。
俺 君のテンポに合わせる!
音もさ〜 テンポ変えてもいいかって先生に頼もう。 」
「 ・・・ でも ・・・ 」
「 それってヘンでおかしいかもしれないさ。 けど な。 俺、 そのビデオ見てて
あ これ いい! って感じたんだ。 これ フランにぴったりって。 」
「 ・・・・・ 」
「 だからさ。 ともかくたのんでみようぜ?
・・・ まあ それでダメがでたらしょうがないけどな。 」
「 え ええ ・・・ タクヤ ありがとう 」
「 礼なんていいって。 それよか いつものフランの踊り、踊れよ。 」
「 いつも の ? 」
「 ああ そうさ。 いつものレッスンの時でのフランの踊りさ。
こう・・・ なんていうかな〜〜 見ている方も元気になれるっていうか。
う〜ん ・・・ あ そうだ ああ 楽しい! って声が聞こえるような踊り ! 」
「 声 ? 」
「 うん。 フランが踊るとさ なんかこう〜〜いつも俺 感じるんだ。
ああ 楽しい! 踊るのってとっても楽しい! ってフランの声をね。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
「 だから俺・・・ フランとパ・ド・ドゥ踊ると 俺もものすごく楽しいんだ。
俺も ああ 踊るのって楽しい! ってもう〜歌いたくなるさ。 」
「 ・・・ タクヤ ・・・ 」
「 あのさ! フランには う〜〜 あのダンナさんがいるけど!
なあ 舞台じゃ 俺がいるんだぜ?
フランは一人じゃない、
『
ジゼル 』 は
俺たちの踊り だろ? なあ 俺の存在
忘れてもらっちゃ困るぜ? 」
「 タクヤ … ! 」
「 たった一人でぜ〜〜んぶ背負いこむなってこと! な! 」
フランは! フランの踊り、 踊れよ ・・・!
俺 フランの踊り 好きだぜ! 俺と一緒に ジゼル 踊ろうぜ
どんなことがあったって きみはきみさ。
きみは きみの夢を追え。 失敗したって ― きみをアイシテル
ジョー と タクヤ と。 違った意味で最も身近な人物の気持ちが どん・・・! と
フランソワーズの心に押し寄せてきた。
わ わたし ・・・ ! 踊って いいの ・・・?
「 いいんだよ。 」
「 え ・・・? 」
不意に 耳元でとてもとても懐かしい声が聞こえた ― と思った。
「 ?? お お兄ちゃん ・・? 」
驚きつつも身体を動かすこともできず 彼女はじっとその声に耳を澄ます。
ファン。 お前はお前の夢を追うんだよ
そんなお前を愛する人達の笑みの元になれ
「 わ わたし ・・・ ! 」
ほわん ほわん ― なんだか周りの空気が 不意に軽くなった。
「 あ あ あり
が と
・・・! 」
フランソワーズの中で なにかが弾けた。 それはぱあ〜〜ん・・・と広がり
彼女の心と身体をキラキラと包みこみ ほんわりと温めるのだった。
そう よ ! 踊れるって ほっんとうに幸せなの !
吹っ切れたか 開き直ったのか ― フランソワーズ自身でもよくわからない。
しかし。
進むべき方向は はっきり見えてきた。
ええ わかったわ。 そうよ ―
前へ!
フランソワーズ・アルヌール、 ダンサーとしての気合いが入った。
ぱたぱた … パタパタ ・・・・
出来るだけ抑えているけれど 忙しない足音が家の中を駆け巡っている。
「 ・・・ あ 〜〜 ? ・・・ フラン ? 」
ベッドの中で ジョーはぼ〜〜〜〜っとその音を聞いていた。
「 ・・・ う? 今朝は 随分早いんだんなあ・・・ もう一回寝れるか ・・・・ 」
ころん・・・と寝がえりを打った途端 ― 彼はがばっ! っと起き上がった。
そ そうだよ! 今日は本番で 始発で出るって !
「 や ヤバ ・・・ ! 」
加速そ〜〜〜ち! こっそり口の中で叫びつつ ジョーはダッシュで着替えダッシュで
バス・ルームにゆき ダダダ・・・・っとキッチンへと階段を降りた。
「 お おはよう!!! ご ごめん〜〜〜 寝坊した ・・・ ぼく? 」
「 あ お早う ジョー。 あら まだ全然大丈夫よ ? 」
「 そ そう? ・・・ う うわぁ ・・・・
」
ジョーは リビングのドアを開け 一歩踏み込み ― 固まっている。
「 うふふ ・・・・ どう ? 」
朝陽の射す中で 彼の細君は艶やかな黒髪で微笑んでいた。
「 ・・・ そ そ その髪 ??? 」
「 似合う ? 」
「 !!!! 」
ジョーは まじまじと目を見開いたままコクコクと頷く。
「 嬉しいわ〜 あのね 『 ジゼル 』 の時には黒髪でね こういう髪に結うの。」
彼女は前髪を真ん中でわけ 耳を隠すように下ろしてから後ろに結った。
「 ・・・ セミ・クラシックっていう髪型なんだけど どう? 」
「 ・・・・・・・ 」
・・・ お おかあ さ ん ・・・
「 え なあに ジョー? 」
「 ! い いや な なんでもないよ。 あ そ それより〜〜 ほら
駅まで車で送るから。
」
「 ありがとう、 まだ時間に余裕あるから・・・朝ご飯 食べる? 」
「 食べる! 」
「 じゃ 一緒に食べましょ。 」
「 うん♪ 」
朝っぱらから二人はあつ〜〜〜〜い視線を交わし、朝陽いっぱいの食卓を囲んだ。
「 じゃ ・・・ イッテキマス〜〜 」
「 うん。 気をつけて。 ちゃんとチビ達つれてゆくからね。 」
「 お願いします。 じゃ ね 」
「 ・・・ ウン ・・・ 」
ジョーは 艶やかな黒髪を揺らすフランソワーズが駅舎の中に消えるまでじ〜〜〜っと
その後ろ姿を見つめていた。
パン。 手を打つ音と共に音楽が消えた。
「 はい〜〜 お疲れ様。 それじゃ ― みなさん ヨロシクね〜〜〜 」
初老の女性はにこやかに舞台上を見回した。
「 ・・・・・・・ 」
舞台上で 朝のバー・レッスンを終えたダンサー達はその言葉に拍手とレヴェランスで応えた。
メイク途中やら 完全すっぴんやらの顔が少し和らいだ。
「 30分後にゲネ開始します〜〜 」
舞台監督が声をかける。
「 わ〜〜 髪〜〜〜 」 「 いいよねえ? まだセミクラじゃなくても さ 」
「 メイク〜〜〜 まだ半分なんだけどさあ 」
ぶつぶつ がやがや・・・ それでもダンサーたちは早足で楽屋に戻ってゆく。
トントン ・・・
「 フランソワーズ〜〜 背中 塗ろうかあ? 」
フランソワーズの楽屋に みちよが顔を出した。
「 あ みちよ〜〜 ありがとう、お願いします。 」
「 はい。 ああ まだゲネだからざっとでいいよね〜 」
みちよはスポンジと白粉を持ってフランソワーズの後ろに立った。
「 わあ ・・・ やっぱ似合うねえ・・・ フランソワーズ、セミクラ、ぴったり。 」
「 そう? 本番前にもう一回結い直すわ 」
「 大丈夫だと思うけど? ・・・ うん 今日 いい顔してる♪ 」
「 うふ ・・・ ありがと〜〜〜 みちよ 」
「 な〜に言ってんの。 アタシ フランソワーズの踊り、大好きなんだからさ〜
あ 袖でさ、背中縫うからね。 」
「 ありがとう! あのね、 二幕前もお願いできる? 」
「 もっちろん! しっかり縫うからね。 」
「 お願いします。 ― わたし ・・・ シアワセね。 」
「 ふふふ ・・・ さ〜〜 これでいっかな〜〜 」
じゃあ あとでね〜〜 とみちよは楽屋を出ていった。
― 楽屋で一人になって 急にしん・・・・となった。
ぱこん。 化粧前に座り鏡をじっと見つめる。
「 ・・・ わたし
は ジゼル。 恋する女の子。 きらきら輝く女の子 ・・・ 」
鏡の中から 黒髪の少女が見つめかえす。
いいえ。 わたしは
フランソワ−ズ・ アルヌール
そして
これから踊るのは ― わたしのジゼル!
( いらぬ解説 :
背中を塗る ・・・ クラシックのダンサーは顔だけでなく露出している部分は
指の先までトノコという白粉を塗っています。 背中もよ!
背中を縫う ・・・ 衣装を着てから背中を糸でしっかり縫います。
パ・ド・ドゥの時などに ひっかかったり脱げたりするのを防ぐため。 )
**************************** Fin. *****************************
Last updated : 06,02,2015.
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*********** ひと言 **********
やっと終わりました〜〜
一番書きたかったのは 当日のばたばた風景です〜〜